人と話してみると「意外」な面が見え隠れする。
「意外」と感じるということは、その人のイメージを決めていた、ということだ。
私は良くも悪くも、人の良いところしか見ない。
他人を美化して、自分を下げる癖がある。
先日、複数人と、何を思い何を感じているかを共有するような会話をした。
人の多様さに気付かされ、凝り固まっていた自分の視点を動かされる感じがした。
その人の「行動」に注目してイメージを創り上げていたこと、そして、それだけだと見えない部分があると気づく。
この、脳が動くひらめき体験が、しばらくぶりで、やっぱり人と話さないといけないな、と思った。
話す時には、何故それを選んだor選ばなかったのか、に耳を傾けたいなぁと思う。
//以下、最近会話で得た、その人の行動と感情と分析。//
Aさんは、人と交流することが苦でなくて、よく色んな人に話しかけに行く。でも、イベントなどの行事でやる気を出すのが面倒くさくて率先して混ざらない。たぶん、仲間で何かやろう、というのは苦手で、積極的にサボっている。
Bさんは、人見知りだと言う。慣れてない人と話す時は顔を真っ赤にしている。でも、けっこう自分の考えていることをスパッと口に出す方だから、仲良くなってしまうとかなりオープンだし潔い。
Cさんは、人に対する警戒心がない。そんなに仲が深まっていない子とも簡単に旅行ができる。
一方で、誰とでもうまくやっていこうっていう考えがないから、この場では自分を出さないと決めた場では、静かに大人しくしている。
Dさんは、上司に気に入られるのが得意だ。飲み会もカラオケも社員旅行も全部参加する。それなのに、人見知りだからずっとニコニコしているだけだと言っていた。奢ってもらえる、今後の仕事が円滑に行く、などのメリットを感じたら何でも参加できるらしい。柔らかさと合理性を持ち合わせている。
//分析終わり//
こうやって見てみると、
人それぞれ、他人との距離の取り方が様々あった。
4人のうち3人からは、自分は内向的だから、と言うのを聞いた。でも、内向的だと一口に言っても、そう感じる部分は人によって様々で、「内向」という言葉の範囲は伸び縮みするんだな、と思った。
人それぞれ、これは平気、これは無理、がある。
これらが積み重なって「性格」や「個性」として現れるんだろう。
私は少人数の中でホッとできる。
自分から合流したり輪に入るのはしんどく感じる。孤独は嫌い。
人とコミュニケーションをとることは苦手という意識があって、外交的な人を羨む習性がある。
だけど、受け取って肯定することが得意。
仲良くなるにはものすごく時間が掛かるけど、誰かを嫌いになることがないから、相手からも嫌われることもなくやっていける。
強い個性に惹かれるけど、私には凪のような穏やかな良さがあるんだろう。目立たないけど緩衝地帯になれるという個性があるんじゃないだろうか。
多様性を知ると、少し自分にも優しくなれる。
今度誰かと会話する時は、その人にとって平気なこと、逆に嫌だと感じることを聞き出せるような会話がしたい、と思う。
なんとなくで成り立つ世間話やテンプレな回答に持っていってしまうのを減らしたいきたい、と思う。